2018.9.5 三平二満

小6-16

ミス1

5:37

 

週に2、3日やらない日がある。

生活リズムは少し変わった。

しかし、それ以上にやらなくなることはない。

これ以上に頑張ってやることもない。

そんな位置にいる気がする。

 

5月は毎日欠かさず続いた。

というより

「続かせてみた。」

という感じだ。

もう・・・どうにもならない。

というようなスケジュールで動かなかったのもある。

 

らくだは「私の時間」にやるものだ。

しかし、「私たちの時間」にはできない。

「私たちの時間」の合間を見つけることも大切である。

 

誰と居ようと、どこに居ようと、何をしていようと

時間に大きさも小ささもない。

良い時間、悪い時間もない。

時間は平等にある。

 

おわり

2018.8.10 無事息災

小8-6

7:20

ミス5

 

らくだは自分の鏡になってくれる。

自分がどんな状態か掴めるという特徴がある。

まさか、寺子屋に行くのすら忘れるとは・・・笑

しかし、まぁそういう状況なのだろう。

2018.8.4 日進月歩

小6-8

5:37

ミス5

 

自分がどんなことを考え、何を成し遂げてきたのか。

具体的に記録し、振り返ることで勇気が湧いてくる。

本当は必ず成し遂げていることがあるはず。

その習慣がないと何も残っていない。

だから、見えない。

自分で自分を見ることができない。

誰かに褒められたり、認められるのは副産物。

まずは自分で自分が価値があると本心で思えること。

そういうトレーニング。

2018.7.30 左提右挈

6-6

ミス2

14:29

 

この先も長らく一緒にいるであろうものは感覚でしかわからないと思う。

離れてみようと微塵も思わないものは本当に限られている。

少なくともらくだはその一つだが、

それは、

らくだを続ける先にどんな自分がいるのだろうかという好奇心があるから。

人にも当てはまるものだとも思う。

常に自分は新しいだろうか。

2018.7.25 心身脱落

小6-6

ミス3

16:20

 

何と難しい小6-6

しかし、

できるようになりたいという気持ちがあるから、

やるんだろうな。

 

BBQ、勉強会、会いたい人に会う、お酒飲む、料理をする、友と騒ぐ。

こういうことができるシーズン(夏休み)で、

心的プレッシャーを自らが作り出すことがない時期だ。

ふわふわしている。

だけど、相変わらず、

プリントが少しずつできるようになってくること、

今日の1枚のプリントができたことに喜びを感じる。

結局、やりたいこと、やりたくないことなんて自分が作り出しているだけなんだとしみじみ・しっかり感じている。