難遅進行

高校19

13:30

ミス:2

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難しいことはなかなか成果が出ない。

できるようになれるかどうかは、1日の積み重ねしかない。

毎日頑張ろうとせず、

今日、1日にできることに集中する。これしかない。

これしかないこととカラダとアタマに刷り込むには、

毎日プリントをやり続ける中で、裏技を探したりとか、妄想してみたりしながら、これらに意味がないことを知ることも大切だろう。

毎日続ける方法、ルーティーンを持つ方法など存在はしない。

1日にできることを物理的にやること

をスタートにする。

そこからとっても遅くても実感がなくても、続けること。

これしかない。

失敗必然

高校18

ミス:4

13:07

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完全にわからない問題が2問ある。

1問のミスまではOKであるから合格を目指しているのだが、2回連続でミス4個だ。

ミスをしないようにしてもミスはする。

ミスをしようとしてミスをしている人はいなんだと気づく。

ミスをすることを指摘するのではなくて、ミスしないようにする具体的な提案が必要だ。

私の場合は、目を背けている2問をどうにかする方がいい。

そうしよう。

学校駱駝

高校17

ミス:5

16:19

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”らくだ的”に学ぶことを学校に取り入れようとしているが、

らくだ的に学ぼうとすれば、らくだ教材が必要になります。

当たり前のことなのですが、学校で”らくだ的”に学びの場を開こうとすればするほど、教材の重要性にぶつかります。

 

らくだ教材は”できない”の塩梅、”俺できるようになってきてんじゃね?”という奢りの発生させ具合いなどのバランスがとても良いのです。

 

評価や時間などの縛りもありますが、生徒がどれだけ学ぼうとするかは自由。

全員に100点を取らせる必要はなくても、全員が70点を取れるチャンスは用意できます。

 

”らくだ的”に学ぶことの何たるかを日々研究しながら、学校での実践に取り組みます。

楽紙と私

高校15

ミス5

時間:ノーカウント

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高校教材に入ってから、1枚を半分にして時には時間も計らずにプリントに取り組んでいます。

一枚目は計らずに二回に分けて解く。

二枚目は測って二回に分けて解く。

三枚目から1枚単位で。

これは方法論ではなくて、

「今日、プリントに向き合うにはどうしたら?」

と問うて、自分で自分のルールを作り直していくようにしてたらこうなった感じです。

1日1枚をやるという原則があるのはこのためなのでしょう。

原則に縛られず、原則を無視しない。

自分の納得感も優先しつつ、教材本来の力や効力も無視しない関わりができるのはらくだプリントの凄さかもしれません。

今可不可

高校14

30:51

ミス7

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高校の因数分解に入ってからは、答えを見ながらでないとプリントを進められなくなってきた。

合格するにも5枚以上のプリントが必要になっている。

答えを見てもわからない問題もある。

プリントでは、3つまでミスができる。

プリントの中で1つの問題ができなくてもプリントを合格することも原理的にはありえる。

1、2枚目ではわからずに放っておく問題もある。

わかろうとすること、出来るようになろうとすることを一時的にやめることもある。

それでも、また次のプリントを行えばその問題は目の前に立ちはだかる。

わからない状態ではスカイツリーくらいの高さの壁に見えるが、一度できてしまうとその壁は崩れ去る。

一時は逃げることもあろう。同じ問題に30分頭を悩まさるのも辛いし、わからなくなれば誰かに聞けばいい。

「よし、次の教室に行くときに聞こう!」と決めると、わからないところを確定させないといけない。

質問をしようとする最中、わかってしまうこともあるし、他の問題を何度もやっているうちに閃いて解けてしまうこともある。(私はこのパターンがとても多い。)

毎日プリントをするのだから、やった分だけ変化し、実感しているだろう。

(毎日やると違いを感じやすい。)

毎日やると自分で決めている人は未来の自分に期待をしてもいいのかも知れない。

(自分の未来の状態をブレを少なく予測できるかも知れない。)

今この瞬間の「できない。」という体験に対して、

今できることを確実にやることで明日につながる。

 

毎日プリントをすることが前提なら、

今やるべきことに敏感になれる。

(やるべきこと、量、時は皆違う。)

毎日やると決めることと、毎日やったか(やっているか)どうかは別のことだ。

1日やらなかった昨日があるとしても、

今日できることは、どうしたら続けられるか?を考えることではなく、

今日のプリント1枚をやることだけだろう。

時間忘却

高13

19:27

ミス:1

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高13のプリントは、

今日で5枚目でした。

1〜4枚目まで半分を1日分として取り組みました。

1、2枚目は答えを見ないと解けないものもありました。

3枚目、4枚目となると答えを見ないと解けない問題は前後半で1個ずつでした。

5枚目は通して答えを見ずに解くことができましたが、16分の目安時間に届きませんでした。

これまで、1枚のプリントを半分に取り組んできたせいか、時間を気にしない学習が続いていました。

本日は8日ぶりに1枚のプリントを取り組んだことになります。

気付いたらプリントを終えており、時計を一度を見ずにプリントを終わっていました。

19分間、計算にだけ集中していました。

19分後にタイムスリップしたような不思議な感覚がありました。

今までにも何度か、時計を見ずにプリントを終えることはありましたが、

これだけの長い時間、雑念なくプリントに向き合えた体験は初でした。

この感覚をアタマで考えてもう一度やろうとしてもできないと思います。

色々と条件や体調もあると思います。

次はあと2枚くらいやれば高13のプリントは合格するんじゃないか?

という予感があります。

この予感がプリントを学習を邪魔しないような向き合い方が大切な気がします。

隙有隙無

高12

18:01

ミス:2

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在宅勤務になり、時間がある。

行うべき作業があるが、今までよりもらくだプリントをやる環境ではある。

しかし、在宅勤務になってからもやらない日はある。

どれだけ時間があっても自分でリズムを作り出せることが1日を送るには大切だと感じる。

1日のリズムを仕事によって作られていたことにも気づいた。

その仕事のリズムには自分を近づけていくしかない。

いまは自分のリズムを自分で構築できる。

反面、どう過ごすかが難しいと感じることもあるかもしれない。

時間がるのかないのかなんて自分で決めることだ。

1日のやることをある程度、決めて自分で守っていければいいと思う。